防災・減災への指針 一人一話

2013年12月10日
自衛官としての救助活動を振り返って
陸上自衛隊多賀城駐屯地第22普通科連隊
遠藤 俊祐さん
陸上自衛隊多賀城駐屯地第22普通科連隊
今野 亮吾さん
陸上自衛隊多賀城駐屯地第22普通科連隊
関 隆博さん

発災時の対応

(聞き手)
 発災直後の行動や対応について教えて頂けますか。

(遠藤様)
発災直後は、利府町にある射撃場で射撃訓練に参加していました。
地震が起き、陸上自衛隊として出動する事になり、態勢を整え、利府町から多賀城市に戻る途中で、津波に遭いました。
交通渋滞も発生していて、被害状況もわからないという状態でした。
多賀城駐屯地に戻るのに時間を要しましたが、その後、72時間は人命救助に当たりました。本当に映像等に残っている通りの悲惨な状況で、二次災害が怖かったです。
私は当時、幹部候補生として30名の隊員を指揮する立場にいましたが、周りを見ながら、人員をうまく動かすことが大変でした。

(今野様)
私は多賀城駐屯地にいて、発災後、砂押川の水が逆流して、敷地に入って来るのを見て、高台に避難しました。
その後、戻って来てから、人命救助活動をしていました。辺りが暗くなってきたので、ヘッドライトを点けてゴムボート1台で作業に当たりました。医療を必要としている方もいて、処置の対応を要請したりしました。とにかく1人でも多くの命を救わなくてはと必死でした。

(関様)
私も、地震発生時は、利府町にある射撃場にいました。大きな揺れだったということが、体感的に凄く印象に残っています。私のいた場所は地盤が柔らかいという場所ではありませんでしたが、小規模の土砂崩れが起きていたようでした。

(聞き手)
地震が来た時、どのように感じましたか。

(遠藤様)
地割れが出来て、車も大きく揺れていました。
その2日前にも地震がありましたが、比較にならないくらいの激しい揺れで、体験したことのないものでした。

(今野様)
あれほどの地鳴りと揺れは今まで体験した事はなく、非常に驚きました。

(聞き手)
その時、津波が発生するという事は予見していましたか。

(遠藤様)
津波は全く考えていませんでした。

(今野様)
私も、全く想像していませんでした。

(関様)
発災直後は全く頭にありませんでした。帰りの車両の中で、ラジオを聞いていた時に、大津波警報が発令された事を知り、その時に初めて津波が来ると思いました。

(聞き手)
地震が起きて、まず初めに何を思いましたか。

(関様)
斜面に立っていたのですが、崩れ落ちるのではないかと身の危険を感じました。

(聞き手)
発災後、救助などの任務は厳しいものになるだろうという事は予感していましたか。

(関様)
現地に赴いて、大変さを肌で感じました。

災害派遣活動時の記憶

(聞き手)
 当時の対応や出来事で、印象に残っているのはどのような事でしょうか。

(遠藤様)
発災の翌日、精油所で火災が起きている状態で、精油所の西側の地域で捜索活動をしていたのですが、その際、爆発の危険性があるので離れてくださいと言われました。
そこで、警察がいなかったこともあり、自衛隊災害派遣活動時の自衛官の権限として、立ち入り区域の設定など、住民に避難指示を出しました。
ところが、住民の方に話しても聞き入れてもらえなかったことがありました。説明不足だったところもあるかもしれませんし、このような制度があることもご存知ないのかもしれませんが、うまく避難を呼びかけられなかった事が苦労した点です。

(聞き手)
逆にうまくいった事はありますか。

(遠藤様)
未曽有の出来事で、手さぐりの状況でしたので、実際うまく出来ていたのかはわかりません。隊員たちにも家族がいるので、家族のことを心配していたと思います。二次災害も起きていました。衣食住に関しては乏しかったです。

(今野様)
大変だったのは物資がなかった事で、十分な食糧をお渡し出来なかったのが残念でした。多賀城駐屯地に避難して来た方に不自由な思いをさせてしまったと感じています。
また、病院に搬送が必要な方が運ばれて来た際、交通渋滞で進路を譲ってもらうのが大変でした。
うまくいった事は、救出活動や、救急搬送などを、隊員みんなで団結して組織行動が出来た事です。

(関様)
うまくいった事は、発災直後、迅速に人命救助が出来た事だと思います。人命救助は夜通し続けていたのですが、水面下にある鉄くずや木材などで思うように進まず、大変でした。
また、普段何度も通っている道路でも、少し路地に入ると、目印の建物がなくなっていて、現在地がわからなくなってしまい、迂回しなければならない事もありました。

(聞き手)
緊急事態という事で、体力や精神的な面でも、救助活動は大変だったのではありませんか。

(遠藤様)
災害派遣従事が解けた後に、疲労を感じたというのが正直な感想です。精神的な疲れはそれほどありませんでした。

(今野様)
救出活動時をしている時は、気持ちが緊張している事もあって、あまり疲労を感じませんでしたが、終わった後に疲労を感じました。

(関様)
救助に当たっている時、木に掴まって救助を待っている人などの辛い状況を目にしていたので、それに比べれば、自分が辛いと思った事はありませんでした。水の中で作業した時は非常に冷たかったのを覚えていますが、体力的な疲労はなかったと思います。

(聞き手)
皆さん方の救助・救援活動は、日ごろからの訓練に支えられているものなのでしょうね。

(遠藤様)
はい。人を助けるためには、まず自分がしっかりしなければならないという気持ちで行動しています。

(今野様)
困難な状況になった時は、一呼吸して頭の中を冷静にし、落ち着いて行動するように心掛けました。

(関様)
上司の指示に従い、統制を保てるように動いていました。

次の災害への備え

(聞き手)
 東日本大震災を経験されて、防災の点から、市民の皆さんに訴えたい事やアドバイスはございますか。

(遠藤様)
防災という観点では、非常食や、ハザードマップに基づく避難場所確認等の備えをし、防災訓練や自治体組織の連携を積極的にしていく事が大事だと思います。
今回の事を忘れずに対策を続け、この経験を伝えていければと思います。

(今野様)
多賀城市で発行している、津波を想定した災害マップがあるので、事前に安全な場所を確認して、落ち着いて行動出来るようにしておく事が大事だと思います。

(関様)
市民の方の情報提供はとても役に立ちました。
実際に、一人暮らしのおじいさんを見かけないと言うので、自宅に様子を見に行ったところ、タンスの下敷きになっていたという事がありました。闇雲に捜索するよりも、情報を得て、的確に行動することが、迅速な対応につながると思います。

(聞き手)
他に、課題点などがありましたらお話しください。

(遠藤様)
家族内で、避難場所や備蓄について、話し合いをしておくといいと思います。
日頃から近所の方と交流を持っておくのも大事だと思います。

(今野様)
備蓄の有効期限が切れる前に点検や補充をし、年に1、2回確認するようにしたらいいと思います。

(聞き手)
自衛隊の方から見て、備えておくと役立つ備蓄品はあるのでしょうか。

(今野様)
震災当時は寒かったので、寒い時期は、保温シートのような防寒グッズがあれば非常に役立ったと思います。食糧も乾パンやキャラメルがあるだけで随分と助かると思います。

(関様)
何かあった場合、どのように行動するか、家族内での決まりごとを話し合っておくといいと思いました。

(聞き手)
多賀城駐屯地にも津波が押し寄せている状況で、救助に向かわなくてはならない中、ご家族がいる隊員さんは、家族の方の安否も心配だったのではないでしょうか。

(今野様)
実家が仙台の山手でしたので被害はあまりなく大丈夫でしたが、停電していたので、家族は、多賀城の津波の状況がわからずにいたようです。 後日、多賀城の状況を知った時には非常に驚いていました。

(関様)
私も家族とは全く連絡が取れませんでした。ですので、これからは携帯各社の災害時の伝言サービスを有効活用しようと思っています。

(聞き手)
 これからの多賀城市の復旧、復興に関して、意見や要望はございますか。

(遠藤様)
多賀城市や各自治体は、震災後の新たな復興計画に基づく態勢を整え、震災経験が風化しないような取り組みをしてもらいたいと思います。

(今野様)
震災の事を風化させないことと、津波を想定した避難訓練をしていく事が大切だと思います。

(関様)
市民一人ひとりが、まず自分の出来る事から自発的に行動し、笑顔を絶やさず、前向きに頑張れば、まちも活発になると思います。

(聞き手)
震災後、自衛隊ではどのような防災対策をしているのでしょうか。

(遠藤様)
具体的には申し上げられませんが、今回以上の規模でも対応出来るように、計画の練り直しを進めています。

(聞き手)
後世に伝えたい教訓はございますか。

(遠藤様)
辛い経験をした子供たちも沢山いますので、温かい目で見守り、助け合いの心を持つ事が大切なのではないかと思います。

(今野様)
亡くなられた方も沢山いらっしゃいますが、私たちは生き残った訳ですから、その意味を一人ひとりがしっかり考えて、経験が風化しないようにしていくことが大事だと思います。
また、震災でより一層感じた事ですが、困った時に助ける時もあれば、助けられる時もあると思いますので、お互い優しい気持ちで生きていくことが一番だと思います。

(聞き手)
地域の住民の方に対して、伝えたい事はありますか。

(遠藤様)
地域の人と声を掛け合う事と、各自治体が行っている防災訓練に積極的に参加し、交流を深めていく事が大事だと思います。
また、ボランティアをしてみるなど、地域を活性化していく前向きな姿勢が必要だと思います。

(聞き手)
 他に何か、話しておきたい事はございますか。

(今野様)
被災された方が早く以前のような生活に戻ってほしいと思います。
また、自分自身も、災害に関して知識を吸収し、少しでも多賀城市に貢献出来るように、頑張っていきたいと思います。